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スピッツ・シングルコレクションについて

CYCLE HIT 1991-1997 Spitz Complete Single Collection (初回限定盤8cmCD付)CYCLE HIT 1997-2005 Spitz Complete Single Collection (初回限定盤8cmCD付)  「CYCLE HIT 1991-1997 Spitz Complete Single Collection」「CYCLE HIT 1997-2005 Spitz Complete Single Collection」(ともに3月25日発売予定)。所属事務所とバンドサイドからの、異例の言い訳めいたコメントとともに、この2枚のアルバムの発表がアナウンスがあって以来、正直、考え込んでしまっている。デビュー以来、評価し続け、常にフェイバリット・アーチストであった「スピッツ」というバンドに対して、このアルバムを歓迎するのが正しい姿勢なのか否か。ひいては、「音楽のパッケージ化とその売買」という結論の出ないテーマに入り込んでしまい、非常に悩ましい。

 スピッツは、表現者として間違いなく一流だし、日本の音楽業界が世界に誇りうる才能を持ったバンドであることは、断固として主張したい。才能と人気、自分たちの表現したい極めてユニークな感性とセールスが結びついている希有なバンド。そして、私は次の2点において、アーチストとしてのポリシーの潔さを感じ、ファンであることに誇りを持っていた。それは「シングルにカラオケバージョンを収録しないこと」と、「安直なベストアルバムを出さないこと」だ。

 以前の投稿に書いたように、私はベストアルバムが嫌いだ。スピッツの「リサイクル」はアーチスト側の意向を無視する形で、レコード会社の都合でリリースされ、皮肉なことに莫大なセールスを記録した。今回の2枚のリリースは、「リサイクル」を葬り去るため、というのは理解できなくはない。おそらく、リサイクルをはるかに超えるセールスとなるだろう。

 いろんな考えがぐちゃぐちゃになって、まとめて書こうとすると、長くなるし、時間がかかるので、何回かに分けて書こうと思うが、まず言いたいのは、現在の「音楽」の販売形態について。「音楽」は特殊だ。表現者として評価され真摯な姿勢で制作されたCDも、一発芸で瞬発的に人気の出たお笑い芸人が勢いで出したCDも、ほぼ同じ価格で流通している。
 絵画を考えてみてほしい。いや、そこまでいかなくても、書籍だって、コンピュータソフトウエアにしても、そこにかけられたコストや内容の価値によって、さまざまな値段がつけられている。消費者は、中身の価値とニーズと値段を見て、購買を判断することができる。絵画の場合などは、まさに消費者側の評価によって値段が決まる。音楽CDは「作品」としてみた場合、完全に「送り手」優位の流通形態なのだ。もちろん、内容が悪ければ「売れない」という洗礼を受けるのは同じなのだが。
 本来、あるべき姿は、少なくとも制作者サイドがある程度厳密なコスト計算をして、それぞれのソフトの価格設定をすることだろう。理想的なのは、消費者が価値を判断して値段を決めること。たとえ決められた値段でも、「このアーチストならこの値段でも仕方ない」という判断ができること。ある意味、ネットオークションは健全な売買形態なのだ(著作権をからめて考えるとよけいにややこしいので別の機会にゆずる)。

 前の投稿に書いたように、リサイクル品である「ベストアルバム」は高すぎるのだ。スピッツの今回の2枚は、合計5600円。
 「じゃ、買わなきゃいいだけの話じゃん」。うん、そう思っていた。この作品は、あくまで「リサイクル」撲滅のためのもので、とりあえずスピッツを知るための入り口(この考え方にも賛同できないが)として買われればいい、と。でも、「ボーナストラックとして未発表バージョンがつく」「既発のシングルは廃盤」とくると話は別だ。

 これらのボーナストラックは、コアなファンであればあるほど、聞きたいと思うものだった(逆に初心者にとっては必要ない)。でも、2曲の「未完成曲」のために5600円は高い。初心者向けのアルバムだと思って安心していたら、コアなファンにも買わせようという意図が見えて、スピッツに対して初めて、若干のマイナスの感情を覚えた。まあ、アーチストの意向ではないのかもしれないが、これは、ファンサービスでは決してないぞ。

 そこで、パッケージ化の問題。音楽配信でバラ売りしてくれれば、問題ないのだ。iTunes Music Storeで「スーベニア」が販売されているので、配信される可能性は高い(全曲試聴サイトもオープンしたし)が、「初回限定」のボーナストラックも載るという可能性は低い(全曲試聴サイトにも、もちろん載っていない)。
 「シングル」というのは、1曲ないし2曲程度で完結した一つの作品だ。それを発売順に並べただけのものは「作品」ではない。まあ、「作品集」だから「シングルコレクション」なのだが。一方で、「アルバム」として、収録順に最初から最後まで聞くことで意味をなす、クラシック音楽のような作品もある。古いがピンク・フロイドの一連のアルバム、日本でもフィッシュマンズの「Long Season」などだ。スピッツにしても、「フェイクファー」「オーロラになれなかった人のために」などは、1枚の作品として聞くにふさわしいものだと思っている。逆に「ハチミツ」などは、ヒットシングルが何曲も含まれているせいで、散漫な印象を受け、あまりいいアルバムだとは思っていない(「ロビンソン」「涙がキラリ☆」それぞれは傑作だと思う)。

 ああ、やっぱりまとまんねぇな。要するに、ボーナストラック以外全部持っているのに、2曲のために買わなきゃいけないのか、というのが、庶民の一ファンとしての正直な感想。「何だかんだ言っても、音楽もやっぱり商売で、スピッツといえども、逆らいきれないのね」という、ちょっとした失望。

 とにかく音楽配信という新しい供給形態がせっかく出てきたのだから、「スピッツ入門編」は、それを上手く活用して、初心者、コアなファン両方を納得させるリリースをしてほしい。極論だが、もうCDによるパッケージ化は必要ないと思う。個人的にも、パソコンに全部入っているのに、CDが部屋のかなりのスペースをしめて、かさばってしょうがない。資源的にも環境にやさしくない。「モノ」としてCDをコレクションしている人々がいるのは百も承知だが、それはまた別の話だ。

 スピッツに望みたいのは、未発表曲、未CD化曲を小出しにしたり、リミックス・リマスターをしたりといった、中途半端なことをせずに、たとえば、未発表曲だけのCD、オークションで高騰している入手困難なインディーズ時代の作品の再発リリースなど。それから、是非やってほしいのは、過去の曲の別アレンジでの録音。覚えている人も少なくなっているかもしれないが、ブレイク直前に、彼らは、月一のライブでいろいろなアレンジで曲を演奏する、という試みをやっていた。流行りのアンプラグドでもいい。wyolicaの「Folky Soul」みたいなのは大歓迎だ。シングル「流れ星」のカップリングでやっていたアンビエントなチャレンジ、「正夢」のカップリング「リコリス」での新鮮なアレンジ。できることは、いくらでもあるはずだ。

 と書いてきて、ふと気がついた。彼らは「やろうとしている」んじゃないかって。準備中という次のアルバムで。新しいスピッツを見せるために、それまでの総決算をする、というのが今回のリリースなのか。ミスター・チルドレンが、通称「」と「」の後に、すばらしいアルバムを次々と発表していったように。うん、そこに期待しよう。

 でも、やっぱり納得できないなあ、ボーナストラック。ニューオーダーの「レトロ」の時は、正直に言ってしまうと、ボーナスCDだけヤフオクで出ていたので、そこで手に入れた。今回もそうなっちゃうのかな。何らかの手段で手に入れる努力をしちゃうのかな。そういう人が多いと思う。そして、それは、著作権が複雑に絡む音楽業界にとって決していいことじゃないと思うんだけどな。、。

 あーあ、やっぱり長くなって、まとまんなかった。また、別の機会にこの問題は取り上げることにする。

※著作権とCDについて、こんな記事があった。次の機会にこの問題も含めて考えてみたい。うーん、「CD」の存在意義ってどうなっちゃうんだろう。

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